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| 昭和3年に羽咋川の潮止め水門が出来るまでは海水が進入したことから、海水産と淡水産の生き物が生息し、量も豊富だったようです。水門の完成後は淡水に変わり、急激に漁獲が減りました。昭和40年頃より、高度経済成長で会社務めに出る人が多くなり、専業の漁師は減っていきます。現在、専業の漁師はなく、冬場に寒ブナ漁をする人がわずかにいるくらいです。 | ||||||||||||||||||||
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