このコーナーは東洋の古典から神髄部分を抜き出し、現実生活の指針として役立てようと思い開設しました。


『心の儘』 金子得所 2


「人をつかふには、作気の術てふものもてつかはばみな我が用たらん。されど小過をとがめず、備ふるを求めず、そのものの癖と疵とを見て持ちふるにあり。疵といへばあしきようなれど、車は船の用をなさぬは疵なり。千里の馬も御者その人にあらざればひたもの癖をささへ、性のままにせざるをもて、かみつき踏みつけ、かけおとしぬる馬にも劣るべし。」


金子与三郎は得所と号し、山形松原藩士で長岡の河井継之助と並び称された幕末の人傑であることは以前に述べたところである。ここでは『作気の術』といって人の使い方を述べている。
「人を使うには、その人をその気にさせて、気合をかけさせてやると、どんな人間でも思うような働きをしてくれるものである。しかしその際小さい過ちは放っておき、完璧を求めず、その人の長所・短所を見極めて長所をうまく利用しなければならない。
長所と短所は全く反対のようでも常に表裏一体で、長所=短所 短所=長所となるものである。キズというものは悪く見られがちであるが、海を走れないのは車のキズであり、千里を駆けぬく駿馬もあやつる人がマズいと駄馬にも劣る。千里の馬には千里の馬のクセがある。自分の意のままに馬をコントロールしようとして、つまりクセに逆らって、性のままにしてやらないから、噛み付き踏みつける駄馬にも劣ってしまうことになる」
 
 たいへん身につまされる文章である。私たちは子供たちを、そして選手たちを自分の思う型に押し込めてはいないだろうか。千里の駿馬を駄馬にしていないだろうか。人を見抜く眼力のなんと大切なことか。やはり学問である。