一乗寺城跡
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築城 正平年間(南朝)1346〜 1370
築城者 丹羽吉左衛門(越中守護桃井直常の重臣)
場所 小矢部市八講田(八伏五郎丸)
交通

松根城 朝日山城 一乗寺城 切山城

案内板(山道横にある) 城跡 石碑

一乗寺城は小矢部市と津幡町(石川県)の境にあり南北朝の頃は庄ノ城の支城だったが、佐々成政が天正12年に、前田利家と戦う為に改修して支城にするが、朝日山城の村井長頼(前田利家家臣)に攻められ松根城と共に落城する。
後に村井長頼は松根城を本城として一乗寺城を支城にするが、前田家が加賀、能登、越中を領する頃は山城(砦)としての価値が無く一藩一城になるまでに廃城になったのでは?
一乗寺城は五郎丸部落の西方の升山と呼ばれる山頂(標高276m)にあった。
2003年9月2日に訪れる。
小矢部市八講田から津幡町(石川県)の境にある一乗寺城跡までは標識が無く 五郎丸部落の人に聞かないと分かりませんでした。


加賀北東の守城

城名 年号 築城者 備考
松根城 正平年間(南朝)1346〜 1370 桃井直常 加賀北東の守城 本城
一乗寺城 正平年間(南朝)1346〜 1370 桃井直常 物見的役割 支城
朝日山城 天正12年(1585)〜 1586廃城 村井長頼 関所的役割 出城
切山城 天正12年(1585) 前田利家 関所的役割 出城

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