| 日本のフィクサー |
| ■児玉誉士夫 日本の右翼運動家。太平洋戦争中に、海軍航空本部のために物資調達を行い、終戦時までに蓄えた物資を占領期に売りさばいて莫大な利益を得た。 この豊富な資金を使って、戦後は分裂状態になった右翼を糾合し、鳩山一郎(自民党の初代総裁、元内閣総理大臣)や岸信介などの大物政治家に政治資金を提供した。 自民党との繋がりが深かったので「政財界の黒幕」や「政財界のフィクサー」と呼ばれる。 |
| ■笹川良一 日本の政治家、右翼活動家、社会奉仕活動家。戦前は、国粋大衆党総裁、衆議院議員を務めた。 戦後は、1962年(昭和37年)に財団法人「日本船舶振興会」を設立。公益財団法人「日本財団」)会長などを歴任した。 日本国内の競艇(ボートレース)の創設に尽力する。 日本の大物政治家との交流があり政界にも |
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| 一定の影響力があった。戦前は「右翼のドン」と呼ばれた。戦後は日本で競艇(ボートレース)を創設して「競艇界のドン」と呼ばれた。 | |
| ■福本邦雄 絵画商人という表の顔から政界や財界や暴力団などの日本の裏社会の深部にも入りこんで暗躍した。「政界最後のフィクサー」とも呼ばれた。 ■安岡正篤 日本の右翼運動家、易学者、哲学者、思想家。私塾「金鶏学院」を設立。 右翼政治団体「国維会」や学術団体「師友協会」を創立した。日本の伝統的な哲学・思想の「日本主義」の立場から保守派の長老として戦前から戦後に亘って活躍した。 吉田茂(元内閣総理大臣)などの大物政治家とも深い交流があり、「総理大臣の指南役」とも呼ばれていた。多くの弟子を抱えていた。風水師・陰陽師の富士谷紹憲や占い師の細木数子なども一時期は弟子だった。 ■田岡一雄 三代目山口組組長。山口組を日本最大の暴力団にのし上げた。実業家としても様々な顔を持つ。海外マフィアからも『ジャパニーズマフィアのボス』として一目を置かれる。 |